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角 正武 範士八段(1943—2026年)


角正武範士のご逝去を、深い悲しみをもってお知らせいたします。

角範士は、剣道の最高峰の師範であり、私がこれまで出会った、また今後出会う可能性のある指導者の中で、疑いなく最も優れたお方でした。角範士の技術的正確さ、洞察の深さ、そして深い人間性は、イギリスおよび世界中の数世代にわたる剣士を育んできました。

角範士の教えは、我々が剣道に捧げる一打一打、一呼一吸、誠実な一瞬一瞬の中に生き続けております。我々は記憶の中でだけでなく、稽古、指導、自らを律する姿勢そのもので先生を偲び称える次第であります。


角先生との出会い

1988年春、それは、故テリー・ホルト先生と私が企画した、イギリス剣士グループが、パリ郊外のメゾン=ラフィット道場にて週末を過ごすためのフランス遠征旅行の際のことでありました。訪問を受け入れてくださったジャン=クロード・トゥヴィ先生は我々を寛大に迎え、ご自身の道場とパリのBudo XI(ブドー・オンズ)の両方で稽古を企画・運営してくださいました。

土曜朝のBudo XIでの稽古で、私は初めて角先生と出会いました。当時七段であった先生は、全日本剣道連盟からフランス剣道連盟支援のため派遣で来られていました。同行していたのは、ご自身も著名な薙刀の師範である奥様・薫先生と、二人の幼いご子息、憲太郎氏と聡一郎氏—お二人とも既に気概に満ちた立派な剣士でありました。(薫先生は後に数度にわたり弘道館セミナーにご参加されることになります)

角先生が道場に入られた瞬間、私が強く感じたのは、静かながらも圧倒的な存在感です—言葉は一切発せられていないのに、その存在感は紛れもないものでありました。この特質がいわゆる「風格」、すなわち言葉なくして放たれる人格の奥行きの深さであることを理解したのは、ずっと後のことであります。その瞬間、私は直感的に、この方こそが自分の師であると悟りました。

初対面の際、角先生は英国訪問に関心があると述べられ、我々は即座に招待を申し出ました。その夏、先生ご一家はイギリスで長い週末を共に過ごし—この訪問が、かけがえのない友情と永続する伝統の始まりとなりました。

当時、弘道館セミナーは既に2年間ほど、松本淳平先生と、南山大学名誉教授であり武道史家として高名な榎本鐘司先生のご指導のもとで開催されておりました。榎本先生はその年、イギリスとヨーロッパのフェンシング史研究のためイギリスに滞在しており、その年のセミナーを主導されました。

両先生は当時も今も卓越した指導者であり、参加者全員から最高の敬意を払われていました。しかし翌年、お二人ともセミナーに参加できなくなりました。

私は談話の中で、その代わりとして角先生にセミナーを率いていただけないかとお願いしました。先生は躊躇なく快諾され、その決断が全てを変えたのです。1989年に開催された角先生ご指導による初めての弘道館セミナーは、英国剣道との非凡な遺産と長きにわたる交流のはじまりを告げるものでした。

先生はその後29年間にわたり毎年講習会を主宰され、親しい友人である熊本守男先生、田代潤一先生をはじめ、数えきれないほどの指導者たちが数十年にわたり同伴しアシスタントとして講習会を支え続けて下さいました。また範士の推薦により本多壮太郎氏がイギリス剣道ナショナルコーチに任命されたことも、英国剣道の発展に永続的な影響を与えた宝であります。

彼らの存在は、剣道の稽古内容を豊かにしただけでなく、講習会の精神に欠かせない「第二道場」の集いをも彩りました。共に語り、共に笑い、親睦を深める時間は、先生が訪れる先々で育んだ温かな人間関係と自他同根の精神を鮮明に反映しておりました。先生は誰が近づいてきても、彼らが言わんとすることに常に耳を傾け、交流する時間を惜しみませんでした。それが先生の寛大で社交的なお人柄でした。


角 正武先生略歴

角正武範士は昭和18年、福岡県に生まれる。筑紫丘高等学校を卒業後、福岡学芸大学(現・福岡教育大学)に進学。卒業後は南筑高校、西福岡高校教諭を経て、福岡教育大学に助手として戻り、のち教授。

1999年から2002年まで、全日本剣道連盟の常任理事を務めた。競技成績としては、第23回明治村剣道大会で3位に入賞。また第11回世界剣道選手権大会(アメリカ・サンタクララ)では日本女子チーム監督を務めた。

福岡教育大学名誉教授、同大学剣道部師範を歴任。


角正武先生の剣歴

  • 8歳で福岡の小学校にて剣道を始める。

  • 最短期間で各段位を取得:

    • 初段(15歳)

    • 二段(16歳)

    • 三段(19歳)

    • 四段(20歳)

    • 五段(23歳)

    • 六段(26歳)

    • 七段(32歳)

    • 八段(47歳)千名を超える受審者の中から一発合格という驚異的な実績を収めた。

  • 2001年、範士の称号を授与。この年はわずか3名のみ(前年はゼロ)の授与であった。当時、八段保持者600名中約350名のみが範士であったことから、この称号の希少性と格高さが窺える。

  • 全日本教員選手権では福岡チーム大将を務め、九州大学剣道連盟会長も歴任。

2004年から2006年にかけて、エディンバラで開催された国際剣道演武大会において中心的な役割を果たし、全3大会に参加。英国剣道連盟によるこの特殊な演武大会の成功に大きく貢献した。

2005年、イギリスにおける剣道発展への貢献が正式に認められ、英国剣道連盟名誉フェローシップを授与された。


角先生は英語で数多くの影響力ある著書を、また日本語で多数の指導動画や書籍を執筆されています。

·       『道の薫り­­―剣道年代別稽古法』

·       『剣道は基本だ!』

·       『修養としての剣道』

·       『人を育てる剣道』


むすびに

我々は、角先生が体現された誠実さ、先生が奨励された探究心、そして先生が日々実践された人間性をもって、先生の教えを継承してまいりましょう。我々の稽古において、友情のあり方において、そして静かな鍛錬の中で、先生の存在は今も息づいております。喪失の重さを感じつつも、先生がお示しになった道の強さもひしひしと感じている次第です。

先生の生涯と導き、そして我々に託された光に、感謝の意を込めて辞儀し、追悼の文とさせていただきます。

2026年2月5日

ポール・バデン 教士七段

英国弘道館館長

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