top of page

フランスオープン大会に見るヨーロッパ女子剣道の現状と行方

執筆者の写真: Fine Ladies Kendo WorldwideFine Ladies Kendo Worldwide

更新日:2024年12月3日

Image of the France Kendo Open poster
ロビン・雀円 著

2022年12月クリスマスの日、フェイスブックの Ladies Kendo Only というグループに、フランスのヨハンナ・ノヴァークさん(ボルドー、二段)より投稿が寄せられた。「2023年に行われるフランスオープン大会で、女子七段は女子四・五・六段の選手と同部門で戦うことになりました。これに対して男子七段の部は独立して行われます。また、この部門は大会の最後に行われるので、全員が見れるようにとのことと思います。これは女子の最高段位七段の方々に失礼だと思います。主催であるフランス剣道連盟は、この件に関する質問は一切答えないと言っています。皆さんのご意見を聞かせてください。」これに対してたくさんのコメントが寄せられ、またこの投稿を複数の個人が拡散し、急速に波紋を広げた。この記事の執筆開始時点では、コメントはさらにエスカレートした。主な意見は、「これは女子剣道に対する差別だ」、「主催側は七段の部を男子女子混合にするか、女子七段の部を男子と同じように独立させるかするべきだ」、「この決断は女子七段のみならず、女子剣士全員に対して失礼である」、「ヨーロッパはジェンダー先進国ではなかったのか」、「この失態に怒りが込み上げる」など、批判の声で溢れている。また、批判的コメントは、女性からのみでなく、男性からも寄せられている。ただし、この熱も3日と続かなかった。


フランス剣道オープン大会とパリ大会

フランス剣道オープン大会は歴史の長い大会で、大会が始まったのは1980年代後半である。当時剣道の国際大会と言えば世界剣道選手権大会かヨーロッパ剣道選手権大会しかなかった。パリがヨーロッパ剣道のメッカ的存在にのし上がるゆえんだ。そして、これとは別の行事「パリ大会」発起人である好村兼一先生によると、パリ大会はオープン大会を始めとする競技性重視の剣道に対するアンチテーゼ的意味を持って、1998年に始まる。この大会は文化交流の色の濃い演武形式の大会で、居合術、薙刀、弓法、鎖鎌術、剣術などの古流演武、また剣道対薙刀、剣道対鎖鎌などの異種試合を見ることができた。日本より各流派の宗家などトップの武道家を招いて、最高級の演武で観衆の心を奪い、日本の武道の神髄をヨーロッパの剣道人はもとより、一般人に知らしめた。剣道七段拝見試合、八段模範試合においては楢崎正彦範士九段が立会という豪華ぶりだ。実は私も第1回パリ大会に参加している。二刀神影流鎖鎌術を目の前でみて、そのリアルさに震えあがったのを覚えている。これより3年ごとにパリ大会が開催され、その間の2年はフランスオープン大会が毎年同時期に開催された。パリ大会は2012年をもって第5回を最後に幕を閉じ、それ以降は毎年フランス剣道オープン大会が開催されている。


1998年に開催された第1回剣道及び関連武道国際演舞大会、通称「パリ大会」のポスター

1998年に開催された第1回剣道及び関連武道国際演舞大会、通称「パリ大会」のポスター 


フランス剣道オープン大会の部門分け経緯 

さて、オープン大会は始まった当初から2012年までは、個人戦と団体戦(3人戦)共に男女混合、個人戦においては段位で部門を分けていた。女子個人戦が始まったのは2013年で、この年ジュニアの部も新たに設けられている。男子個人戦七段の部が始まったのは2016年、女子個人戦七段が四段以上の部に追記されたのは2018年である。同年、女子団体戦が新設され、翌年には廃止、団体戦は元の男女混合に戻されている。これらの経緯を見る限り、大会主催がその時代に沿って開設部門を変えながら、選手たち、つまり変化する剣士の層のニーズに応えようとしていることは明らかだ。


2023年の個人戦の部門は、フランス剣道連盟公式サイトによると以下の通り。


男子:


カテゴリーA: 初段から三段(45歳未満)

カテゴリーB: 四段から六段(45歳未満)

カテゴリーC: 初段から六段(45歳以上)

カテゴリーD: 七段


女子:


カテゴリーA: 級者から三段

カテゴリーB: 四段から七段


この部門分けは、2018年、2019年(前回)のものと全く変わらない。


なぜ今問題になったのか

ではなぜ今回女子七段の問題が起きたかといえば、一つには、2022年にフランスに女性七段が3人生まれ、フランス国内で七段女性の存在が身近になったことがあるだろう。また、この問題が2022年11月のフランス国内での女子剣道講習会で受講者の間で「どうやら七段女子は男子のように七段の部は設けられず、四段以上の部にひっくるめられるらしい」という噂のもと議論され、彼女らは2023年の大会の部門の公式発表を待っていた。ヨーロッパで女子七段が増えている中、女子剣士たちが七段女性の剣道を、オープン大会で見てみたいという期待もあったようである。


12月20日、上記の部門分けがプログラムと大会の宿泊施設や会場アクセスなどの詳細と一緒に、フランス剣道連盟の公式フェイスブックグループ Les Escrimes Japonaises – CNKDR で公開された。部門分けを確認したヨハンナさん等はがっかりしてコメントを書き続け、女子の部が不公平であると訴えた。このグループでは、賛同者もいれば、反対意見、つまり主催側を擁護する意見も見られた。主催側のコメントは、「女性の出場者は全体の20%しかいない」というものだけ。しかし主催側は公的に「現在ヨーロッパの女性七段は少ないという理由から(2023年1月現在14名)、出場人数を考えて、四段以上の部に加える」と答えているとも聞いた。


ちゃんとした説明があれば、フランス女性も納得したかもしれない。しかし問題は、当記事初めに紹介した投稿記事を、フランス剣道連盟のフェイスブック・グループページ管理者が拒否し、本来投稿すべき場で投稿できなかったこと、また、この件に対し直々に問い合わせをしたところ、主催側が返答を拒んだことにあるようだ。結果フェイスブックでのコメントも納得できる回答をもらえていないまま、今に至る。また、上からの圧力に負け、国内ではこの件は「皆知っているが語ってはいけないこと」となり、皆口をつぐんでいるとも聞いた。何か部外者の我々にできることはないか。


大会主催フランス剣道連盟の見解

そこで、12月28日に FLKW 取材班がフランス剣道連盟に取材を申し込んだところ、年明け1月2日にフランス剣道連盟のエリック・マラシ会長より直々に返答が来て、取材に応じていただけるということだった。フランス剣道オープン大会のこれまでの部門編成の歴史に加え、次の質問にお応えいただいた。


FLKW:女子七段の部を独立させる可能性についてご意見をお聞かせください。


マラシ会長:2022年7月以降、フランスで女性七段が3名誕生しましたが、女性七段はヨーロッパでも現時点でまだ14名です。これに対し、男子七段は100名以上います。この状況から、女子七段部門は当分独立は望めないと思われます。また、2023年の大会に女子七段の部を新設するのは、開催日の直前のため無理です。現在6つの部門を設けており、運営の面で実質上新たな部門を追加することはできません。フランスでは6試合会場を設けられる施設を探すのは大変ですし、またもしそれが出来たとしても、それに対応できる審判員の人数が必要となります。


FLKW:もし運営上問題がなければ、この先男女混合の七段の部を設ける可能性はありますか?


マラシ会長:ありません。他の個人戦の部門と同じく、男女は分けたいと思います。七段だけ混合にする理由がありませんから。


FLKW:男子七段の今までの出場者人数を教えてください。


マラシ会長:12名(2017年)、16名(2018年)、15名 (2019年)、12名(2020年)です。


FLKW:女子七段の部を独立した部門にするには、最低何名の出場選手が必要ですか?


マラシ会長:8名です。


フランス七段女性の見解

では、フランス国内の七段の女性の意見は如何に?フランスに30年在住のルモアーニュ島田泉子先生は、こう述べている。


「女性七段が増えてきたこともあり、オープン大会で男女で七段の扱いが違うことに気づき、単に性差別だと感じる人が増えているのかもしれません。しかし七段女性達の視点は多分少し違っていて、自分にしっくりくる部門がない、というのが正直なところかもしれません。実際四段〜七段の部に出場した七段女性は今までゼロです。勝ち負けに拘る剣道から次のステップに行っているのに、女子だということでひとまとめにされて、出場する意欲が湧かないのではないかと思います。とはいえ女性七段の部を作るには人数が少な過ぎるのは事実です。現実的な解決法は、例えば男女混合の短い立会い、もしくは日中予選で勝ち残ったベスト8くらいからの七段戦かと思います。こう考えていくと、真の課題は、七段の全般的な実力向上なのかもしれません。」


今後の期待

偶然にもフランス剣道オープン大会は過去パリ大会という姉妹大会に恵まれ、競技性のものと演武性の両極を繋げてきたという歴史がある。因みにパリ大会創設の経緯として、京都大会が大いにインスピレーションとなっており、大会プログラムに明白に以下のように記されている。


「ヨーロッパにいながらこのような姿勢を範として自分達の剣道の質を更に高めていくためには、私達の手で京都大会のように武道としての剣道を源流から眺め、理解し、互いに研究をしていく場を作ることが不可欠であるとの結論に達しました」


この際、七段戦は立会形式にして、男女混合、パリ大会の一部を再導入するという案は如何だろうか?審判員は必要なく最高段者の立会のもと、運営にも大きな影響はないだろうし、立会形式にすれば、女性も男性も出場を考えるかもしれない。七段審査を公の場でやるような緊張感が生まれるのではないだろうか。実際、審査会は男女混合で、誰とやっても使える剣道でなければ、修練の意味がないというものだ。2023年の大会を2月11から12日の週末に控え、大会の盛会を祈念するとともに、今後のフランス剣道オープン大会の行方に、大いに期待している。


ヨーロッパという異文化の集合体の中での女子剣道

さて、ヨーロッパという枠組みについてだが、元々ヨーロッパ剣道連盟は異文化の集合体で、剣道という日本文化で結ばれているものの、それぞれの国でさまざまな形で普及してきた剣道が、同じ性質であるわけがなく、それらを統一するのは至難の業であろう。繋いでいるものは、剣道に対する情熱と信念である。それが衝突すれば争いになるし、分裂も起こりうる。


女性の性質、社会的位置、役目、発展もそれぞれの国で違うから、女子剣道に対する考え方ももちろん各国で異なるだろう。「ヨーロッパ」と一括りにできない事情が常に付きまとう。しかし、フランス剣道は、剣道人口、ヨーロッパ大会や世界大会における大会の過去の成績を見てもヨーロッパでリーダー的存在であり、2020年開催されるはずであったがコロナで中止となった世界選手権大会では、女子の部が男子の部と同じスケジュールで行われると予想された。開催地はフランスであった。国内でも同様に、大会女子部門に関してはリーダー的立場を反映して欲しい、と願うのは一般的な流れであろう。


日本国内ではどうかと言うと、女子剣道の普及に伴い1962年に第1回全日本女子剣道選手権大会が開催され、高校・大学の大会が次々と始まっていく中、1984年には女性の剣道人口の急速な増加に伴い第1回全国家庭婦人剣道大会が開催された。またこのために全剣連で準備委員会が結成され、委員15名のうち4名に女性高段者が参画し、以来連盟が女子剣道の発展と普及を活動的に支援してきたという過程がある。公式な女子委員会が全剣連に設立したのは2019年で、日本国内では女子剣道が益々盛んになり、その存在も自然と受け入れられ、また多くの男性がその存在を認め支えてきたという感がある。もちろんその裏では女性の先駆者達が大変なご苦労をされ、少しずつ土台を築き上げてこられたという背景はある。しかし、ヨーロッパの場合、女性はその立場を勝ち取らなければならないという感が強い。


2023年、ヨーロッパにおける女子剣道の確立をめぐる戦いは、始まったばかりである。


謝辞

最後に、年始のご多忙な中、また大会前にも拘らず快く取材に応じてくださり、大会の過去の部門に関して詳しく情報を提供くださったフランス剣道連盟のエリック・マラシ会長、フランス剣道オープン大会とパリ大会の関係性、位置づけなど詳細に情報をご提供くださった、パリ大会発案者で同大会第1回から第4回までの実質上の主催者である好村兼一先生、フランスの女子七段を代表して取材に応じてくださったルモアーニュ島田泉子先生に、心から感謝申し上げます。また、この記事を書くきっかけをくださった、勇気ある女子剣士ヨハンナ・ノヴァークさんに敬意を表すのと同時に、今後のご活躍を祈念してエールを送りたいと思います。


(当記事は、2023年2月28日発行の FLKW 第5号掲載の記事をウェブ記事として一部修正したものです。)

閲覧数:6回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page